子宮移植について

子宮移植の背景

 1978年にRobert G.Edwards氏とPatrick Steptoe氏らにより、世界初の体外受精による児(Louise J. Brown氏)が誕生しました。それ以降、急速に生殖補助医療技術が世界に普及し、不妊女性が子どもを得られる機会は近年増えてきております。日本においても、体外受精による出生児は約4%にものぼり、生殖補助医療技術により多くの不妊夫婦に福音がもたらされています。
 しかしながら、生まれつき子宮がない女性や子宮腫瘍などにより子宮を摘出された子宮性不妊患者は、自らのお腹で子どもを育て、出産することは不可能であるのが現状です。子宮性不妊患者が唯一夫婦間の子どもを得ることができる方法として、海外においては代理母による代理懐胎・代理出産が行われている国もありますが、倫理的・法律的・社会的・医学的な問題が多く内包され、日本では現在のところ公的には認められておりません。このような背景の中、近年の移植技術、微小血管吻合技術、組織保存技術の向上や免疫拒絶のメカニズムの解明、免疫抑制剤の開発に伴い、これらの子宮性不妊患者が自らの子どもを得るために、「子宮移植」という新たな生殖補助医療技術が考えられるようになってきました。

子宮移植の概要

 子宮移植は、提供者(ドナー)からの子宮の提供で、子宮の移植を受けた受容者(レシピエント)の妊娠及び出産を目的とします。子宮は生命に関わる臓器ではありませんが、本技術は、いわば臓器移植としても位置付けられます。その流れは、現在以下のように考えられています。
 まず夫婦の受精卵を事前に凍結保存しておき、レシピエントにドナーの子宮を移植します(卵巣の移植は行いません)。次に移植された子宮がレシピエントの体に生着したのを確認し、その後、拒絶反応の確認や免疫抑制剤を減量します。それから、拒絶反応などの問題がないことを確認した後に、夫婦の受精卵を子宮に戻します(胚移植)。その後、妊娠した場合は厳重な妊娠管理のもと、子どもを帝王切開で出産します。
 出産後は移植された子宮を摘出し、レシピエントは免疫抑制剤を服用する必要がなくなり、一生免疫抑制剤を服用しなければならない通常の臓器移植と異なり、一時的な臓器移植であるとも考えられます。

対象者(レシピエント/ドナー)

 子宮移植のレシピエントの対象者は、子宮性不妊女性となります。すなわち、子宮が存在しない、もしくは子宮は存在しますが妊娠や出産する能力が備わっていない子宮をもつ女性です。子宮性不妊症は大きく分けると先天性及び後天性に分類されます。
 先天性は、生まれつき子宮や腟を欠損する先天性腟欠損症(MRKH症候群、ロキタンスキー症候群とも呼ばれます)や子宮低形成、子宮奇形などが該当します。後天性は、子宮悪性腫瘍、良性疾患(子宮筋腫や子宮腺筋症など)、産後の大量出血などで子宮摘出を余議なくされた場合や子宮内の高度の癒着により妊孕能を失った場合(アッシャーマン症候群とも呼ばれます)などが挙げられます。子宮悪性腫瘍の場合は免疫抑制剤投与により癌の再発を助長する懸念があり、子宮移植という新しい技術の有効性、安全性がまだ完全に証明されていないため、現時点においては、ロキタンスキー症候群の方が対象者として最も考えられています。
 子宮を提供するドナーの対象者は、大きく分けて生体ドナーおよび死体(脳死・心停止)ドナーが挙げられます。ドナーの負担を考慮すると、臓器の提供は本来死体ドナーから行われるべきですが、日本においては死体ドナーからの臓器提供が非常に少ないことが大きな問題として挙げられています。また死体ドナーからの臓器提供は「臓器の移植に関する法律(いわゆる臓器移植法)」ならびに「臓器の移植に関する法律」の運用に関する指針に遵守する必要があり、現行の臓器移植法で移植可能な臓器は心臓、肺、肝臓、腎臓、膵臓、小腸、眼球であるため、日本で死体からの子宮の提供は臓器移植法が改正されない限り行えないのが現状です。一方で、生体ドナーに関しては、日本においては日本移植学会倫理指針に則り、原則「親族」に限定されます。ここでの「親族」とは、6親等内の血族、3親等内の姻族、配偶者のことをさします。以上の理由から日本で子宮移植の臨床応用が実現した場合には、現時点では生体ドナーからの実施が考えられやすく、そのドナーは親族になることが予想されます。
 言うまでもなく、臓器提供は自発的な意思決定のもとで行われるべき医療です。

子宮移植基礎研究の現状

 子宮移植基礎研究は2000年頃よりマウス、ラットなどの小動物を中心として行われましたが、その後、2010年頃より大動物であるブタ、ヒツジ、非ヒト霊長類(ヒヒ、カニクイザル)を用いた研究が報告されるようになりました。国際産婦人科連合(FIGO)の子宮移植に関するガイドラインでは、「臨床応用の前には霊長類動物を含めた大動物を用いた十分な基礎実験を行う必要がある」と明記されており、私達の慶應大グループは、解剖生理学的にヒトと類似しているカニクイザルを用いて2009年より研究を行い続けています。これまで諸外国における動物実験においては、子宮同種移植後の出産はラットとヒツジしか報告されておりませんでしたが、私達のグループは2012年に世界で初めて霊長類における子宮自家移植後(自分の子宮を一度体外に摘出して、再度自分に戻す)の自然妊娠及び出産に成功しました。その後、免疫抑制剤を用いた子宮同種移植実験(違う個体から子宮を摘出し、自分にその子宮を移植する)を行い、2018年に世界で初めて霊長類動物における子宮移植後の妊娠に成功しました。これらの成果により基礎研究において慶應大チームは世界を牽引する立場として国際的な評価を受けております。

(世界で子宮移植研究を行っている国)

人への臨床応用の現状

 これまでにヒトでの子宮移植は世界で計75例行われ、これまでに20名の子どもが誕生しております。(2019年9月現在)

 世界で初めてヒトで子宮移植が行われたのは2000年にサウジアラビアでした。生体間で行われ、レシピエントは産後の大量出血で6年前に子宮摘出を余儀なくされた26歳の女性で、ドナーは46歳の両側卵巣嚢腫の手術を受けた女性でした。移植した後、2度の月経が認められましたが、移植された子宮が骨盤内に十分に固定されていなかったことから、移植後99日目に子宮が腟内へ逸脱してしまい、その結果、血管の中に血栓(血の塊)ができ、子宮が壊死して(腐って)摘出される結果となりました。
  ヒトへの臨床応用の前に十分な基礎実験が行われていなかったことから、この報告を契機に国際的に動物での基礎実験が急速に進められることになりました。

 世界で2例目の子宮移植は、2011年8月トルコで行われました。これは世界で初めての脳死ドナーからの子宮移植でもありました。ドナーは22歳の交通事故によって脳死となった患者で、レシピエントは21歳のロキタンスキー症候群の方でした。術後すぐに月経が再開し、重篤な拒絶反応を認めず、2013年4月に凍結融解胚移植による世界で初めての子宮移植後の妊娠が報告されました。しかしながら、妊娠初期で流産に至ってしまい、出産までは至りませんでした。

 2012年9月には基礎実験を10年以上かけて準備をしてきたスウェーデンにおいて世界で3例目の子宮移植が報告されました。計9例の生体間の子宮移植を施行し、2014年9月に世界で初めて子宮移植後の出産例が報告されました。レシピエントは35歳のロキタンスキー症候群の方で、ドナーは61歳の閉経後の知人でした。妊娠31週6日に母体に妊娠高血圧症候群(妊娠中に血圧が上昇する病態)を認め、帝王切開により子ども(1775g)を出産しました。やや早産ではあったものの、母児ともに経過は良好であり、この成果により子宮移植によって子供を授かることがついに現実となりました。/p>

(スウェーデンのマッツ・ブランストローム教授とともに)

 スウェーデンの子宮移植後の出産の報告を皮切りに世界で急速に子宮移植が行われるようになりました。現在、子宮移植を実施している国は、サウジアラビア、トルコ、スウェーデン、中国、アメリカ、チェコ、ブラジル、ドイツ、セルビア、レバノン、フランス、インドです。それ以外にも、ベルギー、イギリス、スペイン、日本、韓国、シンガポール、台湾、オーストラリア、ロシア、エジプト、メキシコ、コロンビア、アルゼンチン、イタリアの国が実施に向けて準備を行っております。

(子宮移植の臨床応用実施国)【2020年10月現在】

 アジアにおいても2015年11月に中国で生体間の子宮移植が行われております。これはドナーの負担を軽減するために初めてロボット支援下手術(ドナー)で行われました。その患者は2019年1月に出産し、世界で初めてロボット支援下ドナー手術を利用した子宮移植後の出産に成功しました。
 アメリカ(ダラス)のBaylor大学のグループにおいては、ドナー手術の負担を考慮し、ドナーから子宮とともに摘出する子宮静脈という血管の代わりに卵巣静脈を摘出する手術方法で手術の簡略化をはかり、その新しい術式で2017年12月に出産を報告しました。これによりドナー手術の負担を軽減させる新しい術式が今後広まっていくことが予想されます。
 ブラジルにおいては、2017年12月に世界で初めての脳死ドナーからの子宮移植後の出産に成功しました。それまでは生体ドナーからの出産の報告しかなかったため、脳死ドナーからの子宮移植でも出産は可能であることが初めて示されました。
 セルビアにおいては、2018年6月に世界で初めての一卵性双生児の姉妹間での子宮移植後の出産に成功しました。一卵性双生児の姉妹間であることから、移植子宮の拒絶反応の心配が少なく、免疫抑制剤を服用せずに出産したということが報告されました。
 インドにおいては、2018年10月に初めての腹腔鏡下ドナー手術による子宮移植後の出産に成功しました。現在、日本のみならず世界的に普及している腹腔鏡下での手術によりドナーへの負担が大幅に軽減されることが期待されます。しかしながら、腹腔鏡手術は非常に高度の技術が要求される手術となるため、一般化されるにはまだ時間がかかると思われます。

 以上のような成果により、年々、子宮移植の実施件数が増えてきており、今後も多くの国で実施され、症例数が増えてくることが予想されます。

(子宮移植実施件数および出産数の年次推移)【2020年10月現在】

 このように国際的に子宮移植が多くの国で行われるようになっきたことをうけ、2016年1月に国際子宮移植学会(International Society for Uterus Transplantation: ISUTx)が設立され(http://www.isutx.org/)、子宮移植に関する研究者間の情報共有、学術集会の開催、ガイドライン作成、国際的な登録制の整備が行われ始めるようになりました。私たちのこれまで行ってきた子宮移植研究活動は国際的にも最も高く評価されていることから、木須医師が当学会の設立理事に選出され、設立を目指した国際会議に参画し、当学会の設立にも貢献してきました。さらには当学会の理事として常に海外研究者との情報共有や国際的な動向の把握を行っております。また、2017年9月に開催された第1回国際子宮移植学会においても木須医師が当学会のfirst presenterの役割を担い、私たち慶應大のグループは国際的にも子宮移植研究を牽引してきた立場として認識されております。

(第1回国際子宮移植学会でfirst presenterを担う木須医師)

妊娠および出産転帰

 子宮移植によってこれまでに14名の子どもが出生されておりますが、妊娠中は様々なリスクを伴うハイリスク妊娠といえます。子宮移植後の妊娠や出生児について参考例としてスウェーデンのグループの実績をあげさせて頂きます。
  スウェーデンチームが9例に行った最初の臨床研究における妊娠転帰に関しては、9例中2例が術後に子宮を摘出しなければならないことになりましたが、残りの生着した7例のうち、全例が妊娠し(妊娠総数14例)、6例が出産を経験し、そのうち2例は2名の子どもを出産しました(計8名の出生児)。ドナーとレシピエントの平均年齢は各々51歳、30歳でした。その後、受精卵(胚)を子宮に移植して妊娠を目指すわけですが、1胚移植あたりの妊娠率は33%であり、そのうち新鮮胚移植が43%、凍結胚移植が31%でありました。これは一般の胚移植の妊娠率(25%前後)に比較して高い妊娠率でした。この理由としてレシピエントの年齢が比較的若く、また事前に良好な胚であることを確認していることが考えられます。

(胚移植あたりの妊娠率)

 またスウェーデンチームにおける出産転帰に関しては、出産週数は平均35週であり、やや早産でありますが、胎児内発育はいずれも順調でした。また、妊娠合併症に関しては妊娠高血圧症候群(妊娠中に血圧上昇を認める疾患)を認める方が多い傾向にありました。この理由としてはロキタンスキー症候群の方には単腎(腎臓が一つ)の方がおり、これにより血圧が上昇しやすくなるのが主な原因として考えられますが、その他として免疫抑制剤の副作用の影響も考えられています。また、子どもの免疫抑制剤による催奇形性が心配されますが、多くのデータから一般妊婦における出産児の奇形率と有意差がないと考えられており、これらの子どもにおいても今のところ奇形はみとめず、出生後の発育も順調であると報告されております。

(妊娠転帰および出生時)

子宮移植の課題

 通常の移植医療は、主にドナー・レシピエントに関わる問題が内包されていますが、子宮移植の場合は、ドナー・レシピエントに加えて、生まれてくる子どもの立場を考えなればならない点が異なるところです。特に生殖医療においては、生まれてくる子どもの福祉が尊重されているかが最も重要であります。また子宮移植の課題には、多くの医学的、倫理的、社会的問題が挙げられます。その中でも特にレシピエント、ドナー、生まれてくる子どもの抱えるリスクは最大限配慮されなければなりません。また現時点ではわかっていないリスクも存在する可能性があります。さらには、他の臓器移植同様に第三者からの子宮の提供は女性の身体を資源化する側面や臓器売買の危険性が潜んでいることにも十分留意しなければなりません。その他に子宮性不妊患者が子どもを得るための手段として、子宮移植が真に社会のニーズとして求められているのかという社会的価値も考えなければなりません。さらには、死体ドナーからの提供の場合は法的問題が課題となります。

(子宮移植の主な課題)

 子宮移植は周術期や術後において、ドナー、レシピエント、生まれた子どもに対して、多岐にわたるケアが求められます。そのため、子宮移植は決して産婦人科だけでなく、様々な領域にまたがる医療であり、幅広い職種で構成されたチーム医療体制が必要です。すなわち、十分なサポート体制の基盤が構築された上で考慮されるべき医療と考えます。そのため、私達は各関係診療部門からなる子宮移植ワーキンググループを慶應義塾大学病院内に結成し、様々な専門分野の視点から準備を進めております。

(チーム医療体制)

 また、子宮移植は生殖医療ならびに移植医療の医学的倫理的側面のみならず、社会的側面においても非常にインパクトを与えることが予想されることから、その実施に関しては社会的秩序の混乱を避けるためにも周到な体制下で行われるべきと考えます。すなわち、実施施設のみならず、日本産科婦人科学会や日本移植学会などの関連学会や厚生労働省における規制や見解・指針に遵守しながら進めていく必要があると考えられます。